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こんなことがあっていいの?


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中国に住んでいるがゆえに出会えるような不思議な出来事。

すばやい身のこなし! (2002/02/02)

 今は春節の直前になりますので、北京の街に出るとなんだか人通りが少ないことに気がつきます。外地から出稼ぎに来ている人々が、故郷でお正月を過ごすために、帰省し始めているからです。
 外地人が減ると、建築現場や観光地から人がいなくなったりしますが、何よりも繁華街にいっぱいいる物乞いの親子や交差点の新聞売りの人々が一気に減ってしまいます。 帰省前に十分稼ぎきれなかった人が強盗や自転車泥棒になったりしますので、危険度が増す時期でもあります。

 ちょっと前の話ですが、家族でブラブラと王府井にあるビルの中の「吉野家」で昼食を取っているときの出来事です。「吉野家」といえば、日本の牛丼屋かな?と思われるでしょうが、まさしくそのもの牛丼屋です。一杯12元ほどで食べられますので、我が家も時々利用させていただいています。 昼時を少し過ぎていたのですが、土曜日という事もあり、人は結構いっぱいです。隣のテーブルで、若者のグループが6人ほど、食べきれないくらいの色々な物を注文してにぎやかに食事をしていました。 牛丼屋であんなに注文したら残るだろうに、と思っていましたが案の定かなりの部分残ったまま、彼らは席を立ちました。日本の店のようにカウンター式ではなく、テーブルに丼を自分で運んでくるタイプの店ですので、残った器やコップなどは、店員さんが片付けに来ることになるのですが、その前に大変すばやい身のこなしで一人のオジさんがそのテーブルに座りました。 何するのかな???と思ってみていたら、なんと残った牛丼をものすごい勢いで掻き込むように食べているではありませんか! あー乞食のオジさんなんだ!と思った瞬間、これまた非常にすばやい動きの店員のお姉さんが、オジさんを撃退すべく、走ってきます。オジさんは、目的を完遂することなく、お姉さんのテーブル到着数秒前に、これまた電光石火の動きで店を飛び出していきました。

 あのオジさんも、今ごろは故郷へ帰って、家族と過ごしているのでしょうか?

本格的ラジコン屋開店!! (2001/12/30)

 別のページにも書きましたが、麦子街にラジコン飛行機の店(但し何時開いているのかわからない!)が昨年開店しているのは、知っていましたが今回は、もっと正統派のラジコン屋開店のお知らせです。
 こんな事わざわざ書くくらいですから、お分かりと思いますが、私は飛行機大好き、模型大好きの人間です。はるか昔は、Uコン(知っている人は希少価値!!)からラジコン飛行機とわずかな小使いを一生懸命貯めては、部屋でバルサを削って飛行機を作っていました。それが大人になってみれば、金はあるが時間がない、時間があっても飛行機を飛ばして遊ぶところがない。とすっかりあきらめモードでした。 それがこんなところで、場所もあるし、金もある、時間はあんまりないが、日本よりはマシ!と言う境遇で、再び飛行機オジさんになってしまいそうな店を見つけてしまいました。

 場所は、国際展覧中心の横の家楽福(日本語で言うとカールフール)の前の道を少し入ったところにある 朝陽区党幹部学校の3号楼1階です。 本当にこんなところに店があるのか??と言う疑問を抱きつつ、薄暗い廊下を曲がると、そこには昔懐かしいOSのエンジンやKYOSHOの飛行機、などが所狭しと置かれています。 売っている物はほとんど日本製か、台湾製ですので、値段も日本よりは高いですが、何でもあります。 ヘリコプターも何種類もあります。

 ああ、家族の冷たい視線を浴びながら、模型飛行機オジさんへの道を歩むかどうか、思案のしどころです…

長春ラーメン戦争!! (2001/12/30)

 二年程前にはじめて和風ラーメン屋ができて感動した長春に今、ラーメン屋戦争がはじまろうとしています。
こう書くと大げさですが、シャングリラホテルの裏の和風ラーメン、回転寿司付ラーメン屋に加えてシャングリラの前にまたまたラーメン屋が開店しました。
 店に入ると相撲をとっている大きな張りぼて。座るときには、なんだか変な感じ だけだったのですが、帰るときに詳細に眺めて理由がわかりました。 なんと関取の髪が、リーゼント風なのです。もみあげもばっちり。そうしててっぺんに縄で無理やりつけたようなちょんまげ風。 判りやすく言うと、太ったプレスリーが裸でふんどししているがなぜか頭の上に、縄で縛ったちょんまげ風がついている、と言う状態です。 はっきり言って一見の価値アリです。 

 ところで味のほうですが、どこの店もなぜか豚骨出汁です。強いて言えば、最初に開店した和風ラーメンが一番かな。

真面目な勤務態度 (2001/10/31)

  この間の日曜日、久しぶりの秋のぬけるような青空を見て、おもわず近所の散歩に出かけました。家からトコトコと歩いていくと、そう遠くないところに「農業展覧館」という展示場がありますが、実はこの裏手のほうに行くと、池があったりしてちょっと人に知られていない公園風のスペースがあります。目的地はそこでした。

  正門のところから中を見ると、いつものように近所の子供達が自転車に乗ったり、オバちゃんたちが散歩していたりします。天気が良いし、寒くも無いのでみんななんだかのんびりしています。 さて我々家族も、いつものように門から中に入ろうとしました。 いつもブラブラしている門番の兄ちゃんが近づいてきた時にも、全く何も考えていませんでした。
 門番:「どこへ行くんだ!!」
 私  :「中に入るんだよ」 (門から入ろうとしている奴に何聞いてんだこのタコ!)
 門番:「何しに行くんだ!!」
 私  :「散歩だよ!」 (うるせえな)
 門番:「駄目だ!!ここは公園じゃない」
 私  :「では聞くが、あそこで遊んでいる人達はなんだい?」
 門番:「知らない!!」
 私  :「見えるだろ? みんな入っているじゃないか。」
 門番:「ここは公園じゃなくて会社なんだから駄目だ」
 私  :「だからあの人達はなんだと聞いているんだ。どこから入ったんだよ!!」
 門番:「知らないと言っているだろ!違う門から入ったんじゃないのか。」
 私  :「他の門から入れば良いのか?」
 門番:「私はここの門の担当だからな。」

  正門以外にもいくつか門があるのは知っていましたので、これ以上このお兄ちゃんと話をしても埒があかないので、そっちから入って、正門のところへ来てやろうと思い、その場を離れました。 ただ、非常に残念なことに1番近い別の門もしまっていたので、感動の再会を果たせませんでした。 
  
  教訓 : 門番が近寄ってきたら、中国語がわからない振りをして「何?」と日本語、又は英語で返事をすること。

みんなヤブ医者だぁ! (2001/10/13)

 私の友人が、9月22日に行われた日本人学校の大人のリレーに出場し、転倒しました。まあ普段決して全力疾走なんてしない人間が、真面目に走ると転倒したり、足がもつれたり、肉離れを起こしたりと、一般的にろくなことは無いのですがここまで笑い話になることは早々無いと思いますので、本人には無断で紹介してみたいと思います。誰のことかなんて言うのは、想像にお任せします。

 シーン1:事件発生
 昨年コーナーをうまく曲がれずにもう少しで観客席に飛びこみそうになったB君(仮名35歳)は、今年こそは皆に「ストレートの先にそんなにキレイなお姉さんがいたのか?」などとくだらない冗談を言われないようにと、体調を整え、練習を重ねて本番を迎えました。今年はスターターです。もっともインコースで号砲一発うまく飛び出したB君はトップで次の走者へバトンを渡そうとしました。ところが、呼吸がうまく合わずなかなかバトンが渡せません。ようやく次の走者の手にバトンが届き、ホッとしたのが悪かったのでしょうか、B君は右肩から前方一回転!ちょっと強く肩を打ったかな?と思いましたが、チームのことが気になります。リレーの結果は、優勝でした。その頃になって、右肩が腫れていることに気づき、救護テントへ向かうことにしました。土で汚れたTシャツを脱いで見ると、肩から首にかけて大きく腫れています。一応年々為に学校の傍にある外資系医療センターへ行っておく事にしました。

 シーン2:U医療センター
 状況を説明し、医者と相談のうえまずレントゲンを撮る事にしました。肩を中心に3枚撮影。現像されてきたフイルムを見ながら医者は言いました。「痛みはあるが、右手はちゃんと動くし、写真を見ても大丈夫のようだ。打撲傷と考えて良い。」
 診察を終わって、治療費1700元(約2万5千円)を保険手続きし、消炎剤をもらってB君は、家族が心配している学校へ戻りました。明るく「ただの打撲傷だった、何もしなくて良いってサ!」と話すB君に、家族はホッとして(ああこれで国慶節の休みに海外旅行に行けるわ!)と胸のうちでつぶやきました。

 シーン3:国慶節開けの出勤初日
 休みの間、痛みはひいたものの、鏡を見るとやはり右左で肩の辺りの形が違っているで気になりました。休みの間に又違う医者でも見てもらいましたが、亜脱臼ではないかとのこと。中日友好病院にでも行ってみようかと、同僚やスタッフに相談してみると、そんな○○医者に行かないで、専門医へかかったほうが良いという事になりました。相談の結果、東直門にある「中国骨傷医院」が良いのではという事になり、スタッフを連れていってみることにしました。

 シーン4:骨傷医院にて
 受付でまず「専門家に診てもらうか、普通の医者が良いか?」と聞かれ、迷わず「専門家」を選択して9元を支払って順番を待ちます。なかなか来ない順番にスタッフが気を利かして外国人という受付は無いのかと聞いたところ「63元を払えば優先する。」との回答。同じ医者で7倍もの金を払うのも馬鹿馬鹿しいので、後2人待つ事にしました。
 順番が来て医者に状況を話すと、「では左右の肩をレントゲン撮影しよう。」という事になり、現像が上がってくるのを待っていました。現像室から出てきた撮影技師は、B君に向かって「骨折してるよ!」と一言。B君が驚いて自分で見てみると、素人が見ても判るほどはっきりと、剥離骨折しているのが見えました。医者はB君に尋ねます。「一体いつ骨折したのか?」「2週間前です。」「ふーん、痛くなかった?」「痛かったです。」本当に間抜けな話です。骨折した肩で旅行先で海で泳ごうとしていたのですから。全治6週間、激しい運動をしなければ何もしなくて治ると医者は言いました。手術をしてもボルトで固定したりするので1週間ほど入院した上に時間もそんなに違わないと。
 治療費、薬代、レントゲン費用全部込みで440元(約7千円)ほどと、首から右手を吊っておく為の可愛いピンクの紐のギブス代30元を支払ったB君は、1700元もとっておきながら誤診をしたU外資系医療センターと、亜脱臼じゃないのと言ったもう一軒の医者に対する怒りが込み上げて来ると共に、医者の言った「全治6週間」の中に、既に過ぎてしまった2週間が含まれるのかどうか確認をしてこなかった事で、一体いつになったら治ったと言って良いのか、わからなくなっていることに気づきました。 

鍵で困った時には  (2001/10/13)

 国慶節に入る前に、慣れないことをして会社の自分の机の引出に鍵をかけたら、休み開けに鍵をどこにしまったか判らなくなってしまうという失態を犯してしまいましたが、以下はその解決に至る顛末。

 まずは、机を購入した事務用品屋へ電話。
私  :「貴社製の机の鍵番号○○○○のスペアキーを入手したいのだが…」
相手:「今日は手配できない。来週ならできると思う。」
私  :「それでは間に合わないが。」
相手:「担当者が帰郷していて来週にならないと帰ってこないのでどうにもならない。」

 これではいけないので、スタッフに相談したところ、知り合いの鍵の複製屋を連れてきて開けさせよう、という事に。
電話をして15分後に、そこらの道端にいそうな若いお兄ちゃんが登場。 手にしているのは、数本の針金。
先のほうが、少しつぶしてあるものや、曲がっているものなど数種類あります。 彼は、私に類似品の鍵を形を聞き、針金を手に鍵に挑みました。 左手で一本の針金を押さえ、右手でもう1本をカチャカチャと言わせること2分20秒。 あっさりと鍵は開きました。 費用は出張費用込みで60元でした。

 ついでに若い彼に、事務所のドアの鍵を見せて、これだったらどのくらいの時間で開くかとたずねたところ、5分はかからない、多分3分くらいで開くだろう、との回答でした。 決してアマチュアではないですが、そこらの道端にいる鍵屋さんです。鍵の複製と共に、「鍵屋の技術」を研修したときに教えてもらったそうです。

 彼がどうという事ではありませんが、日本ではこのような行為を「ピッキング」と呼んでいるのですよね、確か…

新しいお札が出ました! (2001/9/22)

 最近、突然と言う感じで何の予告もなく新しいお札が発行されました。 10元と50元の2種類ですが、どちらも表は従来の少数民族ではなく、毛沢東さんです。 デザインも一新して100元札と統一されたイメージになりましたが、何事も無事に済まない中国ですので、又面白い出来事に出会いました。

 ところは、某有名デパート。私の二人ほど前に並んでお金を払おうとしていた女性の手元には、真新しき10元札と50元札。 店員 「58元!」
 ここでその女性は、当然のように手元に準備していたお札を差し出しました。
 店員 「だめだよ!!こんな金じゃ受け取れない!!」
 女性 「どうして! 新しいお札だよ!!」
 店員 「誰が証明するんだ! 本物か偽物かわからないじゃないか!」
 女性 「今日銀行から金をおろした時に銀行でもらったんだから本物に決まっている。」
 店員 「そんなことは聞いていない。 新しいお札だとしてももっと流通するようにならないと受け取れない。」
 女性 「じゃあどうすれば良いんだ!」
 店員 「古いお札か、無ければ誰かに取り替えてもらえば良いじゃないか!」
 ここまで黙って会話を聞いていた女性の後ろにならんでいたオバさんが、その女性に黙って古いお札を差し出しました。
 女性(店員に向かって) 「ほらみんな新しいお札を知っているのに、どうしてあなたは受け取らないんだ!」
 店員 「フンッツ!!」

 北京ですらこの状態です。 ちなみに出張先の田舎町で、TAXIの支払いに新しいお札を出してみました。
 運転手 「お願いだから古いのに取り替えて欲しい。 初めて見たし、本物と偽物の区別の方法を知らないから。」

 このような話を中国の友人にして笑っていたら、彼が一言 「偽札作るには絶好のチャンスだもんな!」 

ピストルぶらぶら!!(2001/7/31)

 山東省青島市は青島ビールで有名な町ですが、かつて黒社会(ヤクザ)と公安が街中で銃撃戦を繰り返し、ようやく公安が勝利を収めた町でもあります。 仕事で時々行くのですが、この間、私も生まれて初めてという経験をしました。

 仕事を終えて、TAXIで空港へ向かう時のことです。 高速道路の入口に、公安がいっぱい集まっています。 何事かあったのかなと、思いながらも料金所のほうへ進んでいくと、私服の公安が二人TAXIを止めさせました。
 公安 「どこから来て、どこへ行く?身分証明書を見せよ。」
 ぺき 「外国人で空港へ行く。」と外国人居留証を差し出す。(すぐ出てくる辺りが経験豊富!)
ふと公安の手元を見ると、使い込まれてテカテカと光るのは、まさしく拳銃! しっかり持っているわけでもなく、指先を引き金の枠に引っ掛けて、ブーラブラ!
 公安 「日本人か、中国語上手だな。行って良いよ。」
 ぺき 「ありがとう、 ところでその拳銃、本物?」
 公安 「あたりまえだろう。」

TAXIの運ちゃんも、何事もなかったかのような顔をしていましたが、拳銃ブラブラさせながら検問するのって、さすがに初めての経験でした。 同乗していた某大手商社の駐在員の顔が、若干ひきつり気味であったのがちょっと印象的でした。

市中引きまわしの刑(2001/6/2)

 中国は、世界中の死刑執行の半分を占めているといわれています。 一般市民の死刑に対する感覚も、死刑になるようなことをしたのだから当然であり、刑を執行したからと言って、なぜ世界特にアメリカから避難されるのか理解できないと言ったようなものです。 私も過去TVで公開裁判や公開処刑は見たことがありますが、実際に我が眼で類似する行為を見たのは初めてでした。
 出張で天津に行っていた時に、TAXIに乗っていたら前方から公安のサイレンの音が響き渡りパトカー3台、白バイ10台ほどに先導されて、何かがやってきました。 北京でも良くあるように、誰か政府関係者か外国の要人でも通るのかと思い、眺めていました。 すると全く予想外に、トラックが5台ほど走ってきたではないですか。 荷台には、手錠をかけられ、腰縄を打たれた犯罪者が荷台に立てられた柵に公安・犯人・公安・犯人・というように立たされていました。 1台のトラックに10人も乗っていたでしょうか。 10人x5台とすると総勢50人。 TAXIの運転手の話では、2時間ほど市内を走り、その後処刑場で死刑(銃殺)になるそうです。 真っ青に晴れ渡った夏空の下、現代版市中引きまわしの刑は、クーラーのついていないTAXIの暑さを忘れさせるには充分な効果がありました。

乞食を説得する人(2001/1/2)

 中国式資本主義経済は、ちゃんと乞食も生み出しています。 北京でも上海でも、どこにでも乞食はいます。 この人達の生態については、いずれまたどこかで書こうと思いますが、この年末年始に家族で旅行をした時に、説得していた人を見ましたので、ご報告しておきます。

 中国国内旅行をするにあたって、生まれて初めて日本語ガイドさんを頼みました。 私の母親と家内の母親を連れての旅行だったので、移動用にワゴン車を旅行社に依頼したのでついでに、楽をしようとしてガイドさんも頼んでみました。 このガイドさんはまだ学校を出たばかりで、ガイド試験(中国にも国家試験があります)に合格していないので、アルバイト扱いですが、いろいろと気を使って将来有望な人材でした。(ちなみにこれまでは、中国語を勉強し始めた頃でも 「旅行も勉強である」というやさしい会社の方針で(まあ当然と言えば当然ですが)日本語ガイドさんと言うものと一緒に旅行したことはありませんでした)

 西安の町で夕食にと街の真中、鐘楼のそばの大きなレストランに行った帰りです。 いかにも観光客でございますと言う格好をした我々を目標に遠くのほうからも、乞食の集団が子供の手をひきながら走ってきます。 (一般に中国の乞食は子供(但し自分の子供かどうかは一定していない)を連れていることが多いです。) 私は、無視、家族は北京で慣れているせいもありますが巧みによけています。 目標となったのは、二人の母親でした。 そこでガイドさん活躍。 乞食が口々に「仕事が無くてアルバイトも無い、子供が可哀想だと思って少しお金を恵んで欲しい。」と訴えるのに、真正面から説得を試みました。 「私もまだ仕事が無く、今ようやくありついたアルバイトの真っ最中である。 あなた方の窮状は理解できないでもないが、私もここで失敗してはアルバイトも失ってあなたたちと同じ境遇になってしまう。 ここは一つ私の状況を理解してこの場を立ち去って欲しい。」
 これまで大声を出して追い払ったり、文句を言ったりする中国人を見かけたことはありましたが、ここまで正直に説得を試みた人を見たことはありませんでした。 乞食の方も同じように感じたのでしょうか、5.6人いた乞食の集団は、仕方なさそうに次の目標を探しに立ち去ってゆきました。

入国審査は集中管理(2001/1/2)

 年末の出来事ですが、出張で青島に出かけた帰りに、いかにも「お役所仕事」という事件に遭遇しました。
 仕事が思いのほか早く終わったので、1便早い飛行機に乗って北京に帰ろうと空港へ急ぎ、搭乗手続きの締め切り時間2分前というきわめてきわどい時間に「今から切符を買ってくるので、窓口をクローズしないで待っていて欲しい。」と係員に訴え、締め切り10分後にチェックインに成功、さあゲートに行けばそのまま飛行機に乗れる! と喜び勇んで2階の搭乗ゲートへ急ぎました。 ところが、待合室には人があふれています。 天気も良いし、なぜ????? カウンターへ行ってみるとなんだか苦情を訴えている人々が大勢います。 
 飛行機が来ていないの? いいえ、来ています。
 北京の天候が悪いの?  いいえ、快晴です。

 なんと驚くべきことに、入国検査に使用するコンピューターがダウン。 青島は国際空港なので、私が乗ろうとした飛行機はソウル発青島経由の北京行きだったのですが、ソウルから到着した人達がまだ飛行機に乗っているというのです。 そう言われてみれば、通常こんな時間にはいないはずのJALやANA、KALなどの飛行機がずらりとブリッジに並んでいます。 コンピューターがダウンしたのであれば、手作業でやれば良いではないか、と思いますが、重信房子が中国へ入出国を繰り返していたという中国にとっては、あってはならない事件もあったために手作業では入国審査を絶対にやってはいけない、必ずオンラインでチェックしながら検査をするようにと通達が出ているとのこと。 可哀想なのは、到着済みの飛行機の中でじっと待たされている乗客です。 便によっては既に4時間も待たされているとのこと。 一体どうなることやらと、仕方が無いのでひたすら待つことにしました。

 1時間半もたったでしょうか。 なかなか直らないコンピュータについに航空会社が音を上げたようです。 2階にある喫茶店から一般客を追い出して、ソウル便と日本からの便の乗客を無理やりそこへ押し込めて、飛行機を空けることにしたようです。 我々も追い出されましたが、飛行機が飛ぶなら文句はありません。 しばらくして北京行き搭乗のアナウンスがありました。 ここでまた中国式に乱暴な方法がありました。 もともと2便あった北京行きを航空会社が同じで、全員乗りきれるからと一緒にしてしまいました。 私は預けた荷物がありませんのでどうでもよかったのですが、荷物をどう処理したのかはわかりません。 北京空港に無事(?)2時間遅れで到着したあとで、空港の到着便案内を見てみると、合併されたほうのもう1便は「遅延」とのみ表示されていました。 きっと出迎えに来る人がきていなかったり、荷物がまだ青島にあったりと、混乱があったのだろうと思いますが、見届ける元気が無かったので帰ってきてしまいました。 

2008年オリンピックに向けて (2000/11/5)

   

 2000年のオリンピック立候補の時に 最終投票でシドニーに負けてしまった北京市は2008年の立候補に際して、中国の威信をかけて大阪やその他の都市に負けるわけにはいきません。 なんといっても中国の首都 北京が立候補して二回も負けるなんていう事があっては、国の面子丸つぶれです。
 という事なのかどうなのかは、さておき今北京の街中では、緑地の大幅な拡大というスローガンの下、不法建築の一大整理大会の様相を呈しています。 このあたりは東三環路、長城飯店近辺の個人経営のレストランや果物屋、床屋、洋服屋などが建ち並んでいた「麦子街」といわれる通りですが、あっという間に瓦礫の山と化してしまいました。 歩道と農業展覧館など道路際の施設との間の、ほんの奥行き5m程の細長い場所ですが、意外と場所も悪くなく皆それなりに繁盛していましたし、我々も結構便利に使っていましたが、あれよあれよとほんの1週間もしないうちに、きれいさっぱり何も無くなってしまいました。 店にどれだけ投資していようとも、所詮は「不法建築」の範疇ですので、取り壊し、立ち退きの補償などあるわけも無く、皆どこかへ行ってしまいました。
 まあたくましい人々ですので、どこかそう遠くないところで、又同じような店を開いて、しっかり商売していることと思います。それなりの固定客のあった店などで、比較的近くに引越し先を確保したところは、下の右端の写真のように元店のあったところの塀などに、引越し先をペンキで書いていくところなどもあります。
        

ペンキを飲んで大成功! (2000/10/14)

 毎日いろいろな新聞を読むのも私の仕事の一つですが、これはさすがに中国でも滅多にお目にかかれない記事でした。

 事の起りは、あるペンキメーカーが環境にやさしい新しいペンキを開発したことです。 ネズミを使った実験でも害が無いことも政府検査機関のお墨付きです。 今や北京も住宅購入ブーム。 なんとかこの新しいペンキを住宅内装用に大々的に売りこみたい!と思った社長さん、会社の前で「猫を使って無害を証明する」イベントを企画しました。
 さて当日の朝、予定通りTV局も取材に来ており観客の数もなかなか、と言ったところ。 社長さんは、「これから新製品を猫に飲ませて無害な事を証明する!」と高らかに宣言しました。 ところが思いもよらなかったことに、観客から「動物虐待である」と非難轟々!! ここからが社長さん立派でした。 せっかくのチャンスも無駄にしたくないし、かといって猫を虐待すれば、製品PRどころか、逆効果です。 そくざに「では、私が飲んで安全を確かめてみましょう!」
 コップ半分ほどの緑色のペンキを一気に飲み干した社長さん。 味はうまいわけは無いと思いますが、観客からは大喝采。
 という新聞記事が、カラー写真つきで第一面に先日でました。 補足説明で、ペンキである限り化学品であり、身体に害は無くても良いわけは無いとか、胃腸に膜ができて…うんぬんかんぬん と書いてありました。

 最近余り面白い記事が無くて、新聞社も閑があったのか、本日夕刊に続報がありました。

 PRは大成功で、社長の体の心配をする電話も続々と入っているようですが、何よりも新製品のペンキは、面白がった人々に大好評との事。 日本の新聞もこんな記事を転載してみてはいかがでしょうか。  

ざまあみろ!小公共汽車

 先週小公共汽車(小型路線バス、以下小公共と記す)が、学校の先生をひき殺すという事件を起こしてから、小公共に対する世論が一気に沸きあがり、あっという間に三環路以内の営業は廃止、郊外に限って厳しく管理した上で経営を認めるという北京市政府の方針が出されました。 北京市の恥、交通渋滞の元凶、と言ってもよかったような小公共の実態をご報告しましょう。

 「会社に遅刻しそうになったら小公共に乗れ。」と言われることがありました。 路線バスでもTAXIでも間に合わないところをなぜか小公共に乗ると間に合ってしまうのです。 信号無視は当たり前、反対車線を走るのも右折車線からの直進も、高速道路の入口から出るのだって当たり前です。 ボロボロに傷つき汚れたマイクロバス。 運転手は暑い夏ですから上半身裸なんて当然! 乗降口から暴走族の箱乗りのように半ズボン一枚の汚い身体を出して走行しながら客を呼び込んでいるのは、車掌という名の暴力団です。 料金が一回2元と決まっていたって、この汚い小僧の機嫌次第で値上がりします。 規定料金じゃないからと言って降りようとすると、この馬鹿バスは、既に走り出しています。 
 「後ろの大型バスはなかなか発車しないよ。この小公共に乗りな!!」又小僧が叫んでいます。 そりゃそうだおまえの小公共が大型バスの前にくっついていて発車できない様にしているじゃないか。
 客の多いバス停では、バス停付近の道路を小公共が占拠して完全に交通渋滞の元凶です。

 そうは言っても7−8年前には結構愛用したものです。 そのころはまだ今のように酷くは無かったものです。 汚いのはおんなじでしたが。 なによりも大型バスよりは高いけれども座れたし、TAXIなみにどこでも手を上げれば止まったし早かったし、TAXIよりは格段に安かったからです。 でも最近は「この馬鹿やろう」と思うことはあっても絶対にのろうとは思いませんでした。

 中国ですから、上からの指示は絶対です。 3ヶ月もしないうちにあの薄汚い姿を街中で見ることは無くなるでしょう。 同時に交通渋滞もかなり減少するはずです。 それにしても新聞でもTVでも「監督官庁の管理が行きとどかなかったために、」と明確に指摘されていながら責任者の処分が何も発表されません。 どこの官庁か知りませんがきっとなにか「いわくのある人」が責任者なのでしょうね。  

パンダとプラダ

 真面目な人や、関係者の方が聞いたら怒りそうな話ですが、この「何でもあり天国」の国では、ブランド品のコピー物(まあ簡単に言うと偽物ですが)を買うのは、とっても安くて簡単です。 まともなカバン買うよりも、偽物ブランド品の方が安いって言うのが、よくわかりませんが…
 今の時期は、夏休みの帰国を控えて、奥様方のお土産お買い物ラッシュの時期でもあります。 今年中にはWTOに中国も加盟するとかで、これらの偽物対策に中国も本腰を入れると言ううわさも飛び交う中、奥様方は、もしかすると最後のチャンスとばかりに、ブランド品を買いに行っています。

 そんな中で、ある奥様が買ってきた「プラダ」のバック。 家に帰ってよく見るとなんと商標のところに「PANDA」と書いてあるではありませんか!! だまされた!と怒った奥様、翌日早速買い求めた店に「偽物じゃないの!!」と苦情を申し立て。
 店主は、笑いながら 「PANDA」のところをめくると、ちゃんと「プラダ」になっているから安心してください。 これはWTO対策です。 これならば帰国の通関の時にも文句を言われませんから… と。

 こういうWTO対策に出てくるとは思っても見ませんでした。 やはりまだまだ一枚も二枚も上手ですね。

 ところで、この間日本の新聞に「超レア物 プラダの携帯電話ケース! 保証書付 ¥18.000」という広告を見つけましたが、こちらでは30元くらいでちゃんと保証書もついて、MADE IN ITALYの箱に入って売っています。 どうでも良いことですが、本当に本物には「携帯電話ケース」なんて言うのが存在しているのでしょうか??

足し算のできない会計事務所 12/2追補

 私の働いているのは、某メーカーの駐在員事務所ですが、外貨管理局からの突然の通達によって、事務所経費の振込みなどが行われる外貨銀行口座の使用状況を検査するという「年検」を受けなければいけなくなりました。
 6月1日にスタッフを銀行へ行かせたら、「年検」に関しての通達を持って帰ってきました。 読んでみると7/10までに指定する会計事務所の担当者によって、外貨口座の検査を受けなければ、口座を閉鎖すると書いてありました。 周りの事務所に聞いてみても詳細は判りませんが、やっておかなければ面倒が起きそうなので、リストにある71社の会計事務所からどこかを選んで作業を依頼することにしました。 事務所は現地法人ではないので、普段会計事務所とは全く付き合いも無く、スタッフと二人で「どれにしようかな??近くが良いかな?」なんて適当に選んで電話をしてみました。 電話に出ないところもあったりして、いくつかの事務所に「何をするの?、必要書類は何?、いくらくらいかかるの?」などと質問をしてみますが、どこも対してまともな返事が返ってきません。 そうこうするうちに事務所へ営業にやってきた会計事務所まで現れたので、そこへ頼むことにしました。
 当日約束した時間に現れたのは、毎朝その辺の公園でダンスでもしていそうな50歳過ぎのオバちゃんでした。 要求された書類を渡してスタッフに対応を頼みました。 話を聞くと、1年間分の外貨口座の取引記録をチェックして送金先や入金元を確認するだけとの事。 じゃあ1時間もあれば終わるな、なんて思っていましたが、2時間たってもまだやっています。 何か変なことでもあったのかと聞いてみると、「足し算が合わないので、確認に時間がかかっている」との事。 1ヶ月の口座取引記録はせいぜい5―6行です。 どうやっても悩むようなものではありません。 結局3時間半を費やした後に、「事務所に戻って再度計算してみる。」とお引取りになりました。 6件x12ヶ月=72件 どうしてこんな足し算ができないのか不思議ですが、逆らって変な罰則が来ても困るので、時々かかってくる電話の質問に返事をしながら、翌日の午後「ようやく足し算が確認できたから、これから報告書を作成して送る。」というところまでこぎつけました。 この電話からすでに4日間が過ぎていますが、まだ報告書は来ません。 知合いの会社にこの報告書を見せてもらいましたが、2―3ページの報告書でした。 一体何時報告書ができてくるのか心配です。

 ところで先日聞いた話では、この「年検」の対象会社数は1万社以上であるとの事。 指定された会計事務所は71社で、期日は6月10日〜7月10日までのわずか1ヶ月間です。 期日内に全部の会社の検査が終わるわけは無いと私は思っていますが、外貨管理局は、対象の会社数を確認しないまま、期日を指定したと言う噂もあります。 検査終了後には「合格証」が外貨管理局から発行されるそうですが、何時届くことになるのかが今から楽しみです。 年内に届くかどうか。

 <12/2 追補>
 報告が遅れておりましたが、10月20日を過ぎたころに、外貨管理局から正式に 「不合格証」が届きました。 駐在員が住んでいるアパートからUS$で家賃支払いの請求があり、それに対して外貨を払っていたのが、不合格の理由であると明記してありました。 ただ月末までに「外貨管理法を厳格に真面目に勉強し、今後このようなことがないようにする。」という反省文を出せば許してやると、例文つきの不合格証でしたので、早速反省文を書いて送ったことは言うまでもありません。
 来年の年検は、今年はれて「不合格証」をもらったところに対して行われるようです。 気が済むまでやってくれ!

暑いとバスも燃える。

 先日の日曜日、近所をうろうろしていると、消防車が走りまわっている音がしています。 よく見ると道路上で黒煙が上がっています。 なんとバスが道路上で炎上しているではありませんか! デジカメを持っていなかったので、残念ながら写真を撮り損ねましたが、大型バスが全焼しました。 事の始終を見ていたという野次馬のオジさんの談話では、走ってきたバスから煙が立ち昇り始め、急停車→窓から乗客があわてて逃げる→なすすべもなく燃えるバスを見つめる。ということの次第であったとの事。 消防車も到着したが、ホースを伸ばしている間にバスは燃え尽きてしまったと。 
 翌日の新聞にも出ていましたが、いくら気温が35度を超える日が続くからと言って、バスが燃えて良いわけは無い! と思いませんか?

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